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今を生きる

「飢えた虎に崖っぷちまで追い込まれた禅僧は、崖をおり一本の枝につかまった。
 下までおりて逃れようとしたが、下はまた別の飢えた虎のすみかだった。
 枝につかまったままふと目の前をみると野いちごが一粒なっていた。
 禅僧は、それを摘み取り、香りを嗅ぎ、苺の感触を味わい、かじった。
 『ああ、なんておいしい』」

 
 追いかけてきた虎は過去であり、がけの下にいる虎は未来である。
 しかし、人は、今この瞬間のこの自分を生きなければならない。

 「天国とは神の至福のイメージを見ることだと悟れば、
  そこはもう時間を超えた瞬間(a timeless moment)
  だということがわかるでしょう。
  時間は炸裂してしまう。
  だから、もう一度言いますが、永遠とは、いついつ
  までも存在するというようなものではない。
  それはまさに、いま、ここにある。この地上であなた
  が他者と関わり合う、その経験のなかにあるのです」
                   (ジョーゼフ・キャンベル)


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Comment

Belief #sSHoJftA - URL
2011/12/18 (Sun) 22:47

深い言葉ですね。

高橋宏志教授の通称、成仏理論はどうですかね?
以下引用
「問題の捉え方がそもそも間違っている。食べていけるかどうかを法律家が考えるというのが間違っているのである。何のために法律家を志したのか。私の知り合いの医師が言ったことがある。世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない、と。人々のお役に立つ仕事をしていれば、法律家も飢え死にすることはないであろう。飢え死にさえしなければ、人間、まずはそれでよいのではないか。その上に、人々から感謝されることがあるのであれば、人間、喜んで成仏できるというものであろう」
引用終わり

弁護士の方が言うならともかく、学者教授が言っても説得力がないような…。

ローヤートーク 2011年10月21日
P&Cの井藤 #- - URL
2011/12/19 (Mon) 08:43

 法科大学院というところを出ると新司法試験の受験資格がもらえる。法科大学院の卒業生のほとんどは法科大学院に法曹(裁判官・検察官・弁護士)になるために来ているので新司法試験を受験する。新司法試験の合格率は今年は23.5%だった。旧司法試験の2%に比べれば簡単だが、旧司法試験は誰でも受験できたが新司法試験は原則として法科大学院を出ていないと受験できないので単純な比較はできないだろう。そういう意味で新司法試験も結構な難関である。しかも新司法試験は受験制限があって3回落ちると三振となり受験資格を失い、期間制限もあって5年間しか受験資格がないのである。旧司法試験は何回落ちても再チャレンジできたのであるから、新司法試験はかなりシビアな試験となっている。

 晴れてこの難関の新司法試験に合格すると最高裁判所の司法研修所というところで司法修習生活を送ることになる。僕が修習生のころは2年間の研修だったが現在は1年に短縮している。最近は促成栽培が流行のようだ。

 いずれにしろ司法修習生は1年の司法修習の締めくくりに2回試験という卒業試験を受ける。これに受からないと罷免されるのである。僕が修習生のころは落ちる人いなかったが最近は100人くらい落ちて罷免されるのである。

 このような苦労をしている現在修習まっただ中の新64期司法修習生で就職が決まっていない人が、9月の時点で35%もいるということを日弁連が調査して発表した。新63期は同時期で23%、新62期が12%だったそうなので年々悪化する一方である。ちなみに僕は司法修習45期だが、いくつも内定をもらい就職できなかった人は皆無だったが時代は変われば変わるものである。

 新64期司法修習生2023人のうち日弁連のアンケートに回答したのは967人だそうだが、就職の決まっていない人はそもそも回答しないと思われるので実際の%はさらに大きいのではないだろうか。

 登録するのは12月なのでそれまでに決まる人もいるだろうから、最終的には400人~500人くらい就職先のない人が出そうである。就職先の決まった人もノキ弁といって、軒先を借りるだけで給料のない人もかなりいるそうなので就職状況の実際はさらに悲惨かもしれない。

 司法改革を推進したひとりである東大名誉教授の高橋宏志氏は、「法学教室」の2006年4月号の巻頭言で「食べていけるかどうかを法律家が考えるというのが間違っているのである。…人々のお役に立つ仕事をしていれば、法律家も飢え死にすることはないであろう。飢え死にさえしなければ、人間、まずはそれでよいのではないか。その上に、人々から感謝されることがあるのであれば、人間、喜んで成仏できるというものであろう」という有名な「弁護士成仏論」を唱えたが、弁護士はこのままでは即心成仏しそうである。

 ただ一つわかったことは世間を知らない殿上人のような人々に改革をさせてはいけないということだろう。

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