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達磨の話

 子どもと一緒に解いている電話帳に出ていた達磨の話(出典は、一休話し)はつぎのようなものです。

 或る時、般若多羅尊者の来りたまひて、光明かくやくたる璧をささげ、三人の息子に見せたまひつつ、心をためさんとして、
「おのおの此の玉を宝としたまはんや。」
 と問ひたまひしに、御兄二人は、
「此の璧にまさる宝はあらじ。」
 とのたまひけるに、達磨大師は7歳にて、一の乙皇子なれども。
「此の玉は世宝にて、宝にあらず。智光の珠こそは又なき宝なれ。」
 とて、彼の璧を投げうちたまひければ、尊者おどろき、
「かかるいとけなき身にして、ふしぎなる人かな。」
 とて、すなわち御名を達磨とつけられる。はじめは菩提多羅と申せしとかや。
 達磨とは、万の事に達し通じて、磨き立てたるようなる人なり。

 宝石といっても、しょせん他からの光で輝いているに過ぎない。迷いの闇を打ち破る仏の光(仏の教え)こそ宝なのである。

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