FC2ブログ

今日は、クリスマス・イブ

 今日はクリスマス・イブ。そして、明日はクリスマス。
 僕の母校の同志社は、キリスト教系の大学なのでキャンパスには大きなツリーがかざられているだろう。
 
 さて、クリスマスは、キリストのミサという意味であり、イエス・キリストの誕生を祝う日である。

 ブッダは国王の息子として生まれ王子様として何不自由のない生活の中で成長した。
 しかし、イエスは、大工の息子として馬小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされた。そして、イエスは豊かとはいえない暮らしの中で成長したのである。
 救い主であれば王宮に生まれ豊かな暮らしの中で何不自由なく成長するということも選択できたはずだ。

 では、なぜそのような道を選ばなかったのだろうか。
 みなさん、是非クリスマスの夜にひとつそこのところを考えてみてください。
 その意味を知るきっかけを得たい人は、正月休みにでも本田哲郎著『聖書を発見する』(岩波書店)を読んでみてください。
 自分の人生の意味を深く考えるきっかけにもなるかもしれません。

 さて、日本では戦国時代に多くのキリシタン大名が現れ、クリスマスミサも当然であるが行なわれている。
 織田信長と松長秀久が闘った際にはクリスマス休戦が実施され敵味方関係なくミサが行われている。信長の時代にはクリスチャンは全人口の3割にも達したといわれ、京都にあった教会である南蛮寺や安土にあった神学校であるセミナリオでもクリスマスミサが行なわれていた。
 信長はそこで聖歌などを聞いて楽しんだといわれている。信長もクリスマス・イブを聖歌の中で過ごしたかもしれない。

 南蛮寺には茶室があり、社交場として機能していた。茶道の所作を知る人はきっとミサをみたときにその所作が非常に茶道とよく似ていることに驚くはずだ。茶道にはミサの所作の影響が色濃く残っているのである。建物は歴史の中に消えていったが南蛮寺の礎石は同志社大学の今出川校舎の図書館の前に保存されており、南蛮寺の鐘は、妙心寺の塔頭である春光院に保存されており、それ以外のものも日本の文化に深く溶け込んでいるのである。

 私は、子供たちがノートルダム清心女子大学付属小学校にかよっていた頃は、同大学のカリタスホールで行われていたクリスマスミサによく参加していた。ミサの後は、そこでファミリーコンサートが行われたのでそれを聞いて過ごしていたが、子どもたちがもう卒後してしまったので最近はそこにいくこともなく少し残念だ。

 それにしても1年のたつのは早いものである。つい先日新年を迎えたと思ったらもう年の瀬である。来年はいったいどんな年になるのだろうか。平穏な年になることをただ祈るばかりだ。

関連記事
スポンサーサイト



Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する