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偉い人とはどういう人か

コルベ神父―優しさと強さと (母と子でみる)

 マキシミリアノ・マリア・コルベ神父

 コルベ神父は、36歳のときに長崎に来た。
 日本で布教活動に励んでいたコルベ神父は、6年後の昭和11年に故国ポーランドへ戻った。
 1941年2月17日の朝、ゲシュタポが彼を捕らえに来た。
 このとき、20人の修道士が彼の身代わりになることを願い出たが拒否された。
 ついに彼はアウシュビッツ強制収容所に送られた。

 同年年7月末、コルベ神父の働く班から脱走者が出た。
 連帯責任と見せしめのためにその班から10人が無作為に選ばれ餓死刑に処せられることになった。

 一人の選ばれた男が、「私には妻子がいるんだ」と泣き崩れた。

 この叫び声を聞いたコルベ神父は、所長の前に進み出た。
 所長は、「なんだ、このブタ」と叫んだ。
 神父は、「お願いしたいことがある」と静かに言った。
 所長は、「お前は誰だ」と訪ねた。
 神父は、「私はカトリック司祭です。妻も子もいませんから、この人の身代りになりたいのです」と静かに告げた。
 所長は、驚いて言葉をしばらく失ったが、了承した。

 コルベ神父は他の9人と共に餓死監房に入られた。
 餓死監房からは、祈りの声や賛美歌が聞こえてきて、他の囚人部屋の囚人も一緒に祈り賛美歌を歌った。

 コルベ神父は、人々を励まし、神の国へと見送った。そこは、もはや聖堂だった。
 2週間後でも、彼を含めてまだ4人が生きていた。

 所長は、注射により処刑することにした。
 コルベ神父は、静かに自ら腕を差し出し永遠の眠りについた。
 そのとき、47歳だった。

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