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苦難を乗り越える方法その1

列王記19章5節~7節
 彼はれだまの木の下に伏して眠ったが、天の使が彼にさわり、「起きて食べなさい」と言ったので、
 起きて見ると、頭のそばに、焼け石の上で焼いたパン一個と、一びんの水があった。彼は食べ、かつ飲んでまた寝た。
 主の使は再びきて、彼にさわって言った、「起きて食べなさい。道が遠くて耐えられないでしょうから」。


 苦難を乗り越える方法その1は、栄養をとり十分休息することだ。

 マタイ11章19節
 また人の子がきて、食べたり飲んだりして(人生を楽しんで)いると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する」。

 マルコ6章31節
 するとイエスは彼らに言われた、「さあ、あなたがたは、人を避けて寂しい所へ行って、しばらく休むがよい」。それは、出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。


 食べたり飲んだりと楽しい食事をとり、十分な休息をとれば、また力がみなぎってくるからだ。
 さて、そこで、重要なことは次のことだ。

 マタイ16章24節、25節
 それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。

 正法眼蔵:現成公案
 佛道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、萬法に證せらるるなり。萬法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。


 命を失えば命をえるとか自己を忘れれば万法に証せられるとはどういうことか。
 人生の意味のコペルニクス的転換をせよということだ。

 「それでも人生にイエスと言う」(春秋社)
 あるとき、生きることに疲れた二人の人が、たまたま同時に、私の前に座っていました。それは男性と女性でした。二人は、声をそろえていいました、自分の人生には意味がない、「人生にもうなにも期待できないから」。
 二人のいうことはある意味では正しかったのです。けれども、すぐに、二人のほうには期待するものがなにもなくても、二人を待っているものがあることがわかりました。
 その男性を待っていたのは、未完のままになっている学問上の著作です。
 その女性を待っていたのは、子どもです。
 彼女の子どもは、当時遠く連絡のとれない外国で暮らしていましたが、ひたすら母親を侍ちこがれていたのです。
 そこで大切だったのは、カントにならっていうと「コペルニクス的」ともいえる転換を遂行することでした。それは、ものごとの考えかたを180度転換することです。
 その転換を遂行してからはもう、「私は人生にまだなにを期待できるか」と問うことはありません。いまではもう、「人生は私になにを期待しているか」と問うだけです。人生のどのような仕事が私を待っているかと問うだけなのです。
 ここでまたおわかりいただけたでしょう。私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。
 つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。私たちは間われている存在なのです。私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答を出さなければならない存在なのです。
 生きること自体、問われていることにほかなりません。私たちが生きていくことは答えることにほかなりません。そしてそれは、生きていることに責任を担うことです。こう考えるとまた、おそれるものはもうなにもありません。どのような未来もこわくはありません。未来がないように思われても、こわくはありません。もう、現左がすべてであり、その現在は、人生が私たちに出すいつまでも新しい問いを含んでいるからです。すべてはもう、そのつど私たちにどんなことが期待されているかにかかっているのです。
 その際、どんな末来が私たちを待ちうけているかは、知るよしもありませんし、また知る必要もないのです。

 


それでも人生にイエスと言うそれでも人生にイエスと言う
(1993/12/25)
V.E. フランクル

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Comment

No title
匿名 #- - URL
2013/02/27 (Wed) 15:38

依存心を断ち切る術はあるのでしょうか?

No title
P&Cの井藤 #- - URL
2013/03/01 (Fri) 06:39

 自分から手をさしのべればいいのではないでしょうか。

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